厳しい教育者の母へ愛を求めた末の悲劇(その1)

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母の愛情を独占したい、その気持ちが暴走し…

教育熱心な母に厳しく育てられた私。甘えることも許されず性に目覚めたとき、母への屈折した愛情が熟れた肉体を前に劣情に変わり爆発した!

(告白者)
亀山真士郎(仮名・30歳)

母に愛されたい

私の唯一の過ちが、母との相姦である。母にとっても、同じように人生の大きな過ちの一つなはずだ。
厳格な母だった。真面目と誠実が服を着ているような、そんな清らかで堅い女性だった。
母は公立の高校で数学の教師をしていた。何事にも理屈が先に立ち、私にお説教するときも、嫌になるほど延々と論理的に間違いを指摘し、それに同意するまで続く。
思えば物心ついた頃から、私は母に言葉ではなく、温もりが感じられる愛情を求めていたように思える。
二つ上の姉は、母と性格が似ていた。理屈が先に立つ優等生である。女という共通点が、男の私とは母親を見る目が微妙に違ったのだろうか、姉と母は馬が合うようだった。
私はというと、母と心から通じ合えた実感が持てず、それが幼少期から思春期まで続いていた感があった。
だが、子供として母と心の一致を求める欲求は確かにあり、それをどう表現してよいのかわからず、陰にこもるというのが少年時代の私だった。
姉に比べて成績もあまり良くなかった。父も教師だったので、食卓での会話はどうしても学業のことになり、暖かな団らんのはずが、私には苦痛の時間になった。
父より母のほうが、成績に関してはうるさかった。
母からの小言は父のそれより胸に響いた。それはやはり、母親だったからだろう。
母からの暖かな愛情を求める気持ちが、いつしかストレスの一要素になり、気がつくと私も、親から距離を置く少年へと成長し、立派に異性に興味を持つ年代にもなった。
そんな頃、身近な存在として姉の肉体に興味を抱いた。こっそり部屋に忍び入り、下着や生理用品を手に取って青い好奇心を満たした。
姉は美人ではなかった。
ぶ厚いメガネをかけたガリ勉少女で、顔立ちも父に似て野暮い。クラスに一人はいる男子から見向きもされない女の子という雰囲気なのだが、首から下は中年女のように豊満で、背が高かった。乳房などは歩くだけで弾むほど大きく、本人は勉強ばかりしているガリ勉だから、異性の視線にはうとかった。
ときにノーブラで家のなかを歩き回っても平気な顔をしていた。乳首を透かし、大きな尻に食い込んだショーツのラインをサイズが合わなくなった中学時代のジャージの後ろから浮かべて、無神経に近所まで買い物に行く。
姉への好奇心が高まるにつれ、ふと母の存在に気付かされた。
忘れかけていた愛情を求める気持ちが、心の奥深くから揺り起こされたのだろう。
きっかけは、受け持つクラスの男子生徒が、よく家に遊びに来ることがあり、そのなかで問題児らしい一人に、母が心を痛めていることを知ってからだった。
食卓でも、少年のことをよく口にした。同じ教師である父に相談することもあれば、面白可笑しく、問題児とのエピソードを家族団らんの会話の一つにした。
私はその頃、高校に入学したばかりで、その少年は高校二年生だった。何度か顔も見たことがあった。母が学校には内緒で、落第しないようにと勉強を教えていたからだ。
そんな少年は以前から数人はいたが、話題に上るのは、やはり問題児の少年だった。私は胸が熱くなるのを感じた。少年への嫉妬だった。
たまに日曜などに少年たちを家に招いて補習の相手をしてあげている母の姿を目にしたときなど、胸の奥が熱く煮えた。黙々と勉強する少年たちのかたわらで、母はなぜか楽しそうな顔をしていた。彼等に向ける眼差しはとても優しげなものだった。
少年たちのなかには、ふざけて母に甘えるような仕草を見せるものもいて、母はそれに私と向き合うときには決して見せない、にこやかな笑顔をつくった。つまりは営業的な表情だったのだろうが、少年だった私には、母に裏切られてような気持ちになった。
胸の内側で増殖していく黒ずんだ劣情が、ヘドロのように腐敗臭を放っているかのように、不快感が嘔吐感さえもようする。少年がふざけて母の胸に手を伸ばしたときの、母の甘やかな声とはにかんだ笑みが、体の芯を煮えたぎらせた。
母は少年たちの前で、好奇心の視線を一身に浴びて頬を赤らめていた。
私がそこまで母に甘えた記憶など、幼少期の頃にもあったかどうか思い出せない。そしていつしか、自分を冷たく支配する口うるさい親でしかなくなっていた母が、好奇心を向けるに十分な女なのだと知り、そして激しく嫉妬した。
母の体が魅力的な曲線をつくっていることも、そのときあらためて認めた。少年が手を伸ばしたくなる大きくたわわに実った豊乳や姉の遺伝子の元である長身で肉感的な体の線が、やけに挑発的に見えてしかたなかった。
父似の姉の醜い顔より、白く整った顔形も魅力的に見えた。まだ38歳の女としては十分に賞味期限を維持している中年女だった。
私は母を奪い返そうと思った。
少年たちの視線から、自分一人の母に戻すために、計画を立てた。
力ずくで屈服させることも、すでに体力的には可能だったろうが、いざとなって自信が持てなかった。私なりに母を奪還する方法を考え、頭の中でシナリオまで作り、ついにはそれを実行に移したのだった。
母に甘えたい。学業のことなど、よけいなものを取り払り、母と息子として、接してもらい——。
願いはそれだけだった。

母へ若き精を浴びせ

「あのさ、母さんに相談したいことがあるんだけど……」
姉が大学受験に成功し、おだやかな空気が流れる春休み、母は上機嫌だった。
残り少ない高校生活を、姉は少ない学校の友人や進学塾の知人たちと過ごそうと珍しく毎日出掛けていた。
母と二人きりになる静かな午後、私は思いきって作戦を実行に移した。
「誰にも言えなくて、友達とかにも言えなくて……、だから母さんならって思ったんだ…」
母は根っからの教育者だった。
問題児の生徒を家に招き、学校に内緒で補習をするくらいの教師である。大真面目に相談を持ちかければ、それが恥ずかしい性の事柄でも、真剣に耳を傾けてくれた。
頬を染めながらも、必死に動揺を隠そうとする目が、かすかに揺れながら私を見据えていた。
私は母を間接的に挑発するつもりで、自慰行為のやり方が分からない、と打ち明けた。
「学校の友達が言ってるんだけど、オナニーって、どういうことなの? なにがなんだかわからなくて、人に聞くのも恥ずかしいし……、だから母さんなら知ってるんじゃないかなって思ってさ…」
母は心底驚いていたようだった。
もちろん、それはすべて作り話で、オナニーなど中学に入った年に知っていた。だが、母にしてみれば、奥手で内向的な息子の性格から部屋にポルノ雑誌の一冊も隠していないことまで知っていたろうから、この作り話の相談事に疑う様子もなかった。
私はモテない少年だったし、芸能人やアイドルにも興味を示さず、唯一の趣味が鉄道くらいだった。
思春期の少年であっても、身近にいた母にさえ性への好奇心を抱いているようには見えなかったはずである。
「中学のとき、性教育の授業、受けたでしょ?」
母の声は普段の冷静さも消えて、どもっていた。
「チンプンカンプンで、なに言ってるのかわからなかった…」
「ああ、そう……。そうね、まあ、基本的な知識だけだから……」
母は頬の赤味をさらに濃くして、日本人形のような顔にあきらかな動揺を浮かべた。
「色んな話しを聞くと、毎日パンツに精子がつくのは、僕がちゃんとオナニーしてないからみたいなんだ、ねえ母さん、オナニーってどうやるの?」
大真面目で話す私に、母は困り果てたように言葉を探していた。
「本当に知らないの?」
「だから母さんに聞いてるんだよ」
「そうよね……」
これまで親に逆らったことも、嘘をついたこともない大人しい息子である。真顔で淫らな話しをしているようでもなく、幼い子供のように質問する私に、母の表情が少年たちを前にした女教師のそれになる。
「そうね、これはどう説明したらいいのかしら。うーん、困っちゃったわ」
ぎこちない笑みを浮かべて母は必死に言葉を探す。
「パンツに精子がつくって、それは毎日なの?」
「朝起きると、ベタベタになってるんだ。オナニーしてないから、こうなるらしいんだ。母さん、そうなの?」
「まあ、そうね、体質は人それぞれなんだけど…。裕一はそういう体質なんだと思うわ」
「じゃあ、オナニーすれば、もう勝手に精子が出なくなるんでしょ?」
「はっきり断言できないけれど、そうかもしれないわ…」
私が真面目に質問するので、母も深刻そうにうなずく。
「じゃあさ、オナニーって、どうすればいいの。教えてよ」

厳しい教育者の母へ愛を求めた末の悲劇(その2)へ続く

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